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'12 02/14

仲間だと思ってた人が
全然違ったっていう時って、
便座を下げ忘れて座っちゃって、
すっぽり便器にはまっちゃった時の戦慄に似てる…?


'11 07/11

「暑い〜」って叫ぶと、ちょっとだけ涼しくなって、
逆にわざと「寒い〜」って叫ぶと体が熱くなるのは、
今が真夏だから?


'11 06/11

東北関東大震災から今日で3ヶ月。

あれからの私は、といえば
頭の中は混乱続きだし、食べるものに対しヒステリックになっていたりもする。
未だにメソメソする事もあるし、心の底から楽しいと思える事も少なくなってしまった。
決して穏やかな日々ではないけれども、
小さい事に喜びを感じようと必至になっていた3ヶ月だった。

先日訪れた盛岡にて。
私がふれることの出来た数少ない人達から聞こえる被災地への想い。
ボソボソと口下手な人達がつむぐ言葉は、やんわりと、しかしずっしりと心に響いた。
想像を超える惨状を近くで感じながらも、
それでもコツコツと前を向いて行かなければ、という姿勢は高潔だった。
地に足をきちんとつけ、手に手をとりあい、お互いを鼓舞し、感謝しあう。
彼らが当たり前の様にやっている事に、素直に心を動かされた。
日本という国をマクロの次元で支えているのは、
こうした人々の暖かさであり、良心なのであって、
勤勉さや真面目さといったものは、その表層でしかないのだろう、と思った。

でも、その小さくも高潔な人々を蔑ろにする大人が少なからずいる。
彼らが大切にしているのは、特権であり、金であり、己の保身である。
ゲームのように人々を翻弄し、欺き、
責任をとる事も無く、何度も何度も嘘で嘘を固めてゆく。
彼らの頭には、これっぽっちもあの高潔な人達の存在は無いのだろう。
そこに、同じ大人として、激しい憤りを感じる。

3月11日以降、今まで許されてきた事、目をつむってきた事全てが、
正反対の様相を呈しているという事に、彼らは気付いていないのだろうか。
今までとは全く異なる新しい秩序、新しい倫理、新しい規範が必要だという事は
こんな私にだってわかる。
体重の激しい増減で今まで着ていた服が着れなくなって、新たな服を新調せざるをえない様に、
敗戦国としての帰属意識を捨て、新たな道を開拓し進んで行くしか
日本という国の存続は無いだろう。
その道のりは荒く、果てしないものであろう事は容易に想像できる。
それでも、今の地に落ちた状態よりは断然良いはずだ。
心から安心して笑える日を迎える為には、
無責任な大人達から正義を勝ち取らなければならない。
その為にはこれから、時に拳を振り上げ、声高に叫ばなければならない時もくるだろう。
それが未来に光をもたらすのであれば、信じて邁進するしかない。
それが結果的に、あの高潔な人々の幸せにもつながるのではないか、と思うのだ。

ちょっと固くなったけど、そんな事をグルグルと考えている3ヶ月だった。



'11 03/21

3月11日に起きた東北関東大震災から10日。

私は被災者では全く無いけれども、
世の中の混乱に乗じて、私自身の精神も大きく揺れ動いていました。
このまま東京に居て良いのか?
はたまた、このまま日本に居て良いのか?
撮影をしていても、「こんな事を今やっていて何になる?」
という虚しさが心のどこかにありました。
でも、そうじゃないんだ! そう思ったのが震災から5日目。
被災しなかった者達が、ガムシャラに働き、
世の中や経済をひっぱらない限り、被災者の復興は無いんだ!
そう思うに至りました。

そして、それまであまり好きでなかった日本人(私自身も日本人ですが)の
暖かく、素敵な部分をたくさん見れました。
今までは、いわゆる村社会的な部分がとってもわずらわしく、
明確に分けられる内と外というものに、少なからず寂しさや苛立ちを感じていました。
建前と本音の、どちらがどちらで、どれを信じれば良いのか。
結局自分は外の人だから……と疎外感を常に感じていました。
でも、そんな事、どうでもいいんだ。
この震災を機に、小さな村の垣根が取り払われ、
日本国という大きな一つの単位が出来上がった気がしました。
日々広がる援助の和。
日々広がる助け合いの和。
初めて気付く滅私奉公の素晴らしさ。
今まで自分が感じていた日本で子供なんか生んでも子供がかわいそうなだけだ!
なんて勝手な事を思っていましたが、
この日本の、そして日本人の素晴らしさを子供に見せてあげなきゃね、と思いました。

そして最後に。
昨日みたNHKのドキュメンタリー番組をみて。
家もお店も津波の被害にあった80歳の男性が
「私はチリ津波も体験した。全てを失うのはこれで2回目。
それでも頑張って復興した。
だから、もう1回頑張れるっていう気が するんだよね」。
私、このおじさんの半分の年齢にもなってない!
このおじさんが頑張れるのに、私が頑張れないはずがない!
逆に勇気をもらいました。

まだまだ福島第一原子力発電所では東京電力の方々を始め、
自衛隊や消防庁の方々が懸命に作業されています。
実際の被災地に赴き、励ましの心を伝えて下さっている方々が多くいらっしゃいます。
その方々に心から感謝し、
それよりも何よりも
災害、事故でお亡くなりになられた方々に心よりご冥福を申し上げます。
そして被災された方々やご家族の皆さまに、心よりお見舞い申し上げます。
そして、一日も早い復興を心よりお祈りいたします。

日本、がんばれー!
東京、へこたれるなー!
そして加トちゃん、やったれー!


'10 10/01

メキシコ人と結婚して困る事……

食べ物文化の違い:これは、彼の寛大さと時々作る辛い料理で問題回避。
やたらとにぎやかな音が、常に彼から発せられている:これも、まあ許容範囲内。
やたらと感情表現が豊か:これも、まあ私も人の事を言えないからアリ。

でもただ一つ、本当に本当に困るのが、
ラテン音楽が大きな音でかかっていると、一緒に踊りたがる事!
ダンスをするなんていう習慣、我が家では小さい頃からほとんど無かったもん!
両親が一緒にダンスしているなんていう光景、
小さい時から数えて、本当に数回しか見た事ないですから!

というのも、先週の日曜日、メキシコの独立記念を祝うお祭りがお台場であって。
音楽あり、おいしいメキシコ料理あり、のにぎやかで楽しいお祭りで。
マリアッチの音楽を聞きながら、皆が大合唱しながら踊るのが毎年の恒例で。
郷愁にかきたてられるのか、
はたまた普段はなりを潜めているラテンの血が騒ぐのか、
……まあ、当然のことながら「亜希、踊ろう!」ってなっちゃうのである……。

昨年までは、拒否してました。
だって……踊れないもん。
でも、今年は何故か「やってみよう!」と。
彼の動きに体を預け……いち、に、いち、に……
あれれ? 何だか楽しいぞ!!! イエーイ!!!

……そうか……。
昨年までは、体を預けるって事が出来なかったんだな……多分。
いつも「自分」っていう固いものが一番先に来て、
それ以外の人を全面的に信じたり、
身を委ねるみたいな事、出来なかったもんなあ……。

凸と凹のように補い合い、
日々の生活を通して少しずつ、
心の在りようを変え合いながら
同じ未来を見ようとする。
結婚とか夫婦ってそういう事なのかな〜と思った。

賑やかなギターやラッパの音に合わせて、
自分っていうものがちょっとずつ変化している音を聞いたような気がする、
そんなある9月の夜でした。